他人の評価は気にしなくていい
人はなぜ他人を批判するのか?
こんにちは、ばしです。
さっきThreadsを開いてびっくりしました。
バラエティ番組で一世を風靡した芸人さんが初めてのスレッドをしていたんです。(Threadsの初投稿)めちゃイケの主役だった人です。
びっくりした理由は、初投稿から半日も経たずに23万人ものユーザーが彼をフォローしていることと、その投稿に寄せられたおびただしい数のコメントについてです。
何もしていないのにアンチコメントの嵐
初投稿の内容は、放送局で食事をしている画像でした。なぜそんなものをわざわざ投稿したのか意図は分かりませんが、ただ有名人が食事をしているだけの写真に、ものすごい数の批判的なコメントが寄せられていたのです。
「箸の持ち方が変」
「全芸人の中で一番嫌い」
「人として終わっている」
その投稿には「ここで食事をしています」しか書かれていません。なのに見ず知らずの一般人が寄ってたかってこの芸人さんを叩いていました。
なぜ人は他人を批判して満足するのか
かつてテレビでその芸人を見て笑ったはずです。翌日、誰かとその番組を話題にしてポジティブな意見を交わしたはずです。少なからずその芸人のおかげで幸せな気分を味わったはずです。
それなのに、ただ食事をしている写真に対して「嫌い」というのはどういうことなのでしょう?
僕個人の見解としては「みんながそうしているから」という『同調バイアス』か、多くの人と同じ行動をとることで自分が正しいことをしていると思い込む『ハーディング効果』という心理効果が働いていると思われます。
会ったこともない有名人に対して、なぜわざわざ自分の感情を本人に見える形にするのか、僕には理解できません。
そりゃ僕も人間ですから、X なんかを見ていて、嫌いな発信者はいますよ。まだ若いのに常に上から目線でものを言っている人とか。
でも、自分が嫌なものは見なければいいのであって、本人にわかるように「嫌い」なんて言う必要なんてありません。
人の目がどれだけあてにならないか
僕はわりと自然に、人に対して「ありがとう」と言える方です。人から注意されると、その場で「ごめんなさい」も言います。
誰かに対して感謝の気持ちを伝えることは「人として美徳」と考えているからで、すぐに自分の非を認めて謝罪するのは「素直だから」ではなく、その場を早く切り上げたいからです。
思ってもいないことで、他人から好き勝手に言われる時間ほど、無駄なものはありません。だから「さっさと謝って、この話を終わらせよう」とするのです。
そんな僕が、つい先日、職場の同僚から意外なことを言われました。「ばしさんは感謝の気持ちを普段から表に出さない。人からやってもらって当たり前だと思ってはいけない」というようなことを面と向かって言われたのです。
僕からすれば「それはあんたや」でした。
人のことをちゃんと見ていない人間が言うことは、あてにならんなぁって思います。
本当に人は、他人のこととなると好き勝手に批判します。自分のことを棚に上げて、得意げに他人を傷つけます。
Substackでは気持ちよく発信したい
僕が毎日Substackで発信を続けられている理由は、皆が気持ちよく反応してくれるからです。あなたもそうじゃないですか?
皆毎朝気持ちよく挨拶を交わしてくれます。それだけで「今日もがんばろう」という気持ちになります。僕もただその気持ちにさせてもらってるだけではなく、自分からもお返しをしたいといつも思っています。これは綺麗事抜きであり、反報性の法則に基づくものです。
Substackは優しい人ばかりなので、今のところアンチコメントが寄せられるということはありませんが、いつ何時、思いがけないことが起こるか分かりません。でも、所詮人の評価なんてあてにならないので、思いっきり自分らしい発信をしていきたいものですね。
僕のkindle本
僕が唯一出版している自己啓発系の本です。ありがたいことに、結構読んでいただいています。Kindle unlimitedでもどうぞ
それでは最後までお読みいただき、ありがとうございました。


人の振り見て我が振り直せ
とはよく言ったものですね。
マイナスなことを言ってもスッキリしないですけどね。
だからできるだけ前向きにプラスに考えていきたいものです。
ばしさん、おはようございます。記事読ませていただきました。スレッツはやったことないんですが、エックスより進んでそうなイメージですねこの記事を見る限り。Substackを始めてプラットフォームが変わるとここまで変わるんだなぁと思ってしまいます😳