「こんなはずじゃなかった」ではない
すべては自分の決断
こんにちは、ばしです。
あなたは日に日に自身の年齢を気にして、新しいことやこれまで続けて来られたことに対して、消極的になっているということはありませんか?
以前僕は、僕の周りの50代は、SNSに興味がなくパソコンも使えない人がほとんどという記事を投稿しました。
今日は身近にいる反面教師の話をします。
すべてに自信がない65歳
6月から僕の職場にTさんという65歳の男性が入ってきました。小柄で現場作業の経験のある人なんですが、入社して1ヶ月半経過した今でも、自分の仕事を覚えられません。
同僚はみんな、最初だから当然だろうと温かい目で見ていたのですが、だんだん様子がおかしいことに気づき始めました。初歩的な作業をさせようとしても、満足にできないのです。1度の説明でできないのは仕方ないとして、2度も3度もその都度同じ説明をしないといけないといけません。
本人いわく「初めてのことで自信がない」とのことで、何に対しても消極的で中途半端なんです。
自己防衛が過ぎて信用を失う
常におどおどしているわりに、こうしてくださいと指示をしても「あ、僕ならこうするんですけどね」と自分の経験を盾にしてきます。「今は自分の考えを主張する立場ではないので、こちらの説明通りにしてください」と言っても、結局その通りに動いてくれません。
会話が1度で終わらないのです。何かを指示すると、オウム返しで何度も確認しようとします。
それに加えて「自信がないのでできるかどうかわからない」があるので、職長が早速さじを投げました。今はどこも人手不足で、一人でも人員を確保したいと願う中、Tさんは研修期間満了に解雇されるかもしれません。
こんなはずじゃなかった…ではない
僕はこれまで、何度も恥ずかしい失敗を繰り返してきました。4年前に入院した際には、自分のこれまでの人生をとことん後悔して「俺の人生、こんなはずじゃなかった」と悔し涙を流したこともあります。
Tさんも、「若い頃はもっと動けたんですけどね、こんなはずじゃなかった」と同じように後悔しているようなことを言います。
でも、今の自分が置かれている状況も今の生活も、すべて自分のその時の思考と決断によって形成されているんです。自分が作り上げた結果です。
だから僕は「こんなはずじゃなかった」と考えることをやめました。
慣れないことはできなくて当たり前、でもやるしかない
自分の経験したことのないこと、元々備わっていない知識、そこから新しいことに挑戦して、思うようにできないのは当たり前です。そうでなくても我々50代60代は記憶力・体力・理解力すべてにおいて著しく低下しています。
それでも現代においては、僕たちにも若者と同様のチャンスが至る所に存在して、自由にそれを選択できます。
もう年齢を盾にしたり「自信がないからちゃんとできない」なんて人からの評価も信用も失うようなネガティブなことは言ってられないのです。
Substackはチャンスの宝庫
何度も僕が言っていますが、今あなたがSubstackをやっているだけでも、十分に凄いことなんです。普通の50代60代、それ以上の年齢の人は、スマホを電話とカメラとしてしか使うことは出来ません。
スマホに関しては「それだけでいいじゃん」と言われるかも知れませんけどね。
ほとんどの人がSubstackをはじめて間もないはずです。思った通りの成果が出ないからと、諦めて発信をストップしてしまうのは、あまりにももったいない。
あなたや僕が思っているよりもずっと、Substackには自分を変えるチャンスがあります。
今日からあなたも、1日1投稿を意識してみてはいかがでしょうか。
自信のなさを出来ない理由にしないでください。自分の信用を失わせるような発言もしないでください。あなたが仕事などで普段こなしていることは、十分に高く評価されるべきことだと思います。
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それでは本日も、最後までお読みいただいてありがとうございました。


ばしさん、非常に刺さる内容でした。ありがとうございます。僕も「自分が積み重ねてきた結果だ」と分かっている一方で、「もっと上手くできたはずだ」という思いも消えず、この歳になっても、その間で相変わらず苦しんでいますね。考え続けることを意識的にやめる時間をつくろうと改めて思いました。
ぼくもこの話のように消極的な気質です。40代で副業を始められてsubstackで記事を書けるようになるなんて!と思いながらこの活動を続けています。